「ハコミ(Hakomi)」という言葉は、アメリカ先住民、ホピ族の言葉で、「日常のリアリティのさまざまな側面に対して、あなたはいかに参画しているのか?(How do you stand in relation to these many realms of reality?)」、簡単に言えば「あなたは何者か?(Who are you?)」という意味を持っています。
ハコミ・セラピストは、その人その人のペースを尊重し、大切にしながら、マインドフルネスの中で自ずと湧き上がってくる感情、身体の感覚や動き、イメージ、記憶などにしっかりと寄り添うことで、気づきと変容を無理のない形で援助していきます。
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それは自分自身の心の中の「内的な構造」(心のシステム)の発見であり、
あなたをあなたとたらしめている何かの発見。
「あなたが何者であるのか?」そのものを形づくっている何かの発見です。
サイコセラピーの中でマインドフルネスを使うのは画期的なことでした。
ロンはその先駆者です。ただし、マインドフルネスは新しいことではなく、
心を学ぶ方法として瞑想のもつ方法として何千年もされてきたことです。
ハコミでは、いわゆる瞑想のようにずっとその状態にいるわけではなく、
マインドフルをほんの少しだけ使って、自分の意識の方向を自分の内側に向け、
小さいエクササイズや実験をしていきます。
それは、静かな湖面に小さい石をなげて、その波紋を見届けるように、
自分に起きることにきづいていくのです。
「頭ではそうしたほうがいいと分かっているのに、、、」どうしても許せない、納得できない。
「もう大丈夫」と分かっているのに、気持ちは落ち着かない。
自分では「こういうことは止めよう!」と思っているのに、ついしてしまう。
私たちの行動は、ほとんどが習慣的に、自動的にしています。
そのおかげて、私たちは意識せずにいろいろなことができるようになり、
意識は他のことができるのです。
車の運転を例にすると、初めて練習する時、ハンドル、ウインカー、
アクセル、ブレーキ、ギア、と意識はそこに注意を向けるのに必死で
その時、音楽を聴く余裕も、おしゃべりを楽しむ余裕も、他のことを
考える余裕もないはずです。
ところが、そのうち慣れると運転することにはほとんど意識は
使わず、音楽も、おしゃべりも楽しめるようになります、
なぜなら、運転はもう自動的にすることができるからです。
自動的にできるように覚えた技術はとても便利ですが、
一度獲得してしまうと、状況の変化に対応するのはなかなか大変です。
もし海外で運転するという状況になった時、
ウインカーとワイパーの位置が逆になりますが、それには
なかなか対応できず、ウインカーを操作しようとしても
気が付くとワイパーが動いているということになります。
私たちが、この世を生きるすべも似たようなところがあります。
子どものころに獲得した生きる術が、その時は適応するために
便利であったはずですが、大人になってそのやり方を自動的に
やっていると、現状に合わずに、何か上手くいかない、、、という
ことになります。
子どものころに怖い父親に対して、自分を小さくして
身を守ることを覚えた人が大きくなっても、自分の意見を
言えなかったり、反対に弱い母親に対して、自分が強く、大きく
なることで頑張った人は、大人になって、頑張らない人を
見ると必要以上にイライラいしてしまうということもおこります。
「頭では意見を言っても大丈夫ってわかっているのに」
「そこまでイライラすることでもないと思っているのに」
という時は、自動的に何かが起きているのです。
何が起きているのかわからなければ対応するすべがありません。
ハコミは、自分に何が起きているのかを安全に見つけることが
できる、とても静かで穏やかなセラピーです。
マインドフルネスという静かな繊細な状態で自分を観察し、
自分の気持ちと出会う扉をあけるような、小さな実験をします。
マインドフルは今やとても知られてきましたが、
ハコミのマインドフルは一人でやることではありません。
そこに人が一緒にいてくれるのです。
まるでそれは、井戸の上で誰かがロープをしっかり持っていてくれて、
「大丈夫?」と時々声をかけてくれる人のようです。
一人でおりるのは怖い井戸も、そんな人がそばにいてくれたら、
安心して、何が起きているのかを見にいけると思いませんか?
自分の内側を眺めて、自分を苦しめていた行動、その行動をさせる考えや感情があり、
さらにそこにはとても大事な願いや欲求(ニーズ)があったのだ、、と分かると、
自分や他者に対する見方、考え方に新たな広がりをみせてくれます。
現代はスピード、効率で、人間関係を分断する社会です。
その中で、自分を見失わずに、生きていくために、
自分と繋がること、人とつながること、が大事です。
ハコミはその助けになることと思います。
マインドフルネスは、今という瞬間に、余計な判断を加えず、自分の中で起きている現実をあるがままに観察することです。ストレスを感じる日常場面でも、否定的な感情や物事に捕らわれたり、飲み込まれることなく、いつでも自分を取り戻すことができるようになります。
心理療法の場面では、マインドフルネスによって、無意識との内なる交流と必要な気づきが、無理なく自然に起きてきます。マインドフルネスを積極的に活用しながら、自分探しと癒しのプロセスを丁寧に援助していく点が、ハコミの大きな特徴です。
ハコミセラピーは、仏教とタオイズム(老荘思想)の東洋的な人間観や実践法を、各種のカウンセリング理論、催眠療法、ボディワーク、有機システム論など、現代の西洋でのさまざまな人間探求の試みへと統合した、包括的な心理療法です。その技法のパワフルさによって短期療法として役立つだけでなく、クライアントとセラピストの深い関係性が必要な長期療法にも対応できます。
現在では、アメリカ各地だけでなく 中南米、ヨーロッパ各国、中東、アジア、オセアニアでも普及してきているハコミセラピー。日本では、1997年から各種のワークショップやトレーニング、個人セッションが行われています。
また、(慢性的な)身体の痛みや緊張などの背後にも、何らかの心的要因が関係している場合が多いのです。ですから、その症状の背後に潜む心理的な課題を解消することによって、身体の症状が解消されるということが起こります。
このように、ただ話をして自分の気持ちや考えを見つめていくだけではなく、その時まさに起きている身体の感覚や動きなどにも注意を向けることで、普段はっきりと意識することが難しい、自分の心と身体が発しているメッセージに気づけるようになります。いつでも互いに影響しあい、複雑に関わりあっている、私たちの「こころとからだ」。ハコミでは、その不思議な相互関係とその意味に気づき、両方にしっかりと繋がっていけるよう、適切にサポートしていきます。
その点、ハコミは非常に柔和かつ繊細なアプローチをとります。マインドフルネスに留まリ、意識レベルでのさまざまな雑念(解釈、意味づけ、判断、分析、連想など)を小さくすること。それによって、無意識からの微妙なメッセージ、無意識の奥底に潜んで人生をコントロールしている固定観念や信じ込みなどに、無理のない形で気づいていくことができるのです。
また、ハコミのセラピストは、自分の意図や解釈を押しつけず、その人ごとのペースを尊重していく「ノンバイオレンス(非暴力)」の姿勢をとります。ハコミでは「私がこの人を変えてあげねば」とは考えません。誰にでも、独自の思いや願い、限界やペースがあり、「変わりたい自分」も「慣れ親しんだ習慣にしがみつく自分」もいます。そうしたすべてを尊重しつつ、マインドフルに起きてくる自発的な癒しのプロセスを信頼し、何が起こってきても意味ある体験として受けとめ、寄り添っていきます。
こうしたハコミの繊細で柔和な進め方は、西洋人とは異なる日本人の心理的傾向や精神構造にとてもマッチするものと言えるでしょう。
それは、相手に何かを与えようとするよりも、まずはセラピスト自身にとっての「糧」を、相手から積極的に感じ取ることによって、自らを深く満たそうとする姿勢や「あり方」。それにより、相手の存在を尊重し、受け入れようとする姿勢が自ずと生まれ、深い共感や信頼感が無理なく創られていきます。
「相手にあわせようとする」のではなく「自らを満たそうとする」ことから始めれば、より自然にいい人間関係が生まれていく、というユニークな逆転の発想です。
【参考】 ラビング・プレゼンスについては、「日本ラビングプレゼンス協会」のウェブサイト もご参照ください。
脳科学と仏教の見地から、心の平安を生み出すような脳を育むための具体的方法を提示して、20数カ国語に翻訳されている世界的ベストセラー、『ブッダの脳』の共著者であるリック・ハンソン博士は、ハコミセラピーについて次のようにコメントしています。「ハコミで行っているアプローチは統合的で、左脳と右脳、言語的プロセスと非言語的な視覚的プロセスとを“水平方向に”つなぎ、大脳皮質(特に前頭葉前部皮質)を大脳辺縁系などの皮質下や脳幹の領域と、また物事を実行していく機能を感情や情念の働きと“垂直方向に”つなぐことになる」。
何かに遭遇した時に、大脳辺縁系内では、短期間だけ情報を記憶して保存すべきものかどうか取捨選択を行っている「海馬」が、即時にそれを過去の危険や脅威のリストと照合します。それが脅威になるかもしれないと判断されると、好き嫌いを判断する感情中枢である「扁桃体」が活性化され、警報ベルのような役割をします。 そして、自律神経の中枢である「視床下部」が「脳下垂体」を促して、各種のストレス・ホルモンが血液中に送り出されます。また、「交感神経系」も活発となり、臓器や筋肉を「戦うか逃げるか」の準備態勢へと導いていくのです。
「扁桃体」が積極的に悪いニュースに反応し、「海馬」はネガティブな体験の記憶をしっかりと保管し、参照していく…。そのようにしてネガティブな経験を優先して意識し、記憶し、参照し、将来に備えるという脳の傾向は、常に「交感神経」が優位なストレス状態を生み出します。そして、外の世界に対して不安や警戒を感じ、恐れ、怒り、悲しみ、罪悪感などの不快な感情が活性化され、強化されてしまう心の傾向へと繋がっていきます。
たとえば、誰かに言われたイヤなことは何年経っても繰り返し思い出すのに、誉められて嬉しかったことは2~3日もすれば薄れてしまっている、といった経験は誰にでもあることでしょう。私たちは、
という傾向を持ってしまっているのです。
つまり、私たちは、脳が元々もっている傾向によって「苦しみの方向へと誘導されがちな存在」だと言えます。これは、人類の進化の過程では必要であったものの、太古のように日常的な生命の危機にさらされているわけではない現代人にとっては、あまり適切ではない残念な現実です。
具体的には、以下がその基本ステップになります。
「闘争/逃走」システムである「交感神経」の活性化が繰り返されていると、「扁桃体」がより敏感になり、「海馬」が疲弊して新たな記憶を生み出す能力を低下させてしまいます。まずはリラックスし、「休息と消化」システムである「副交感神経」を優位な状態にして、「心地よさ/快」の感覚をじっくりと感じ、味わうことによって、新たなポジティブな記憶が生み出されるようになります。
また、『快』の感覚をできるだけ強烈なものにし、その感覚に長く留まれば留まるほど、「海馬」をはじめとして脳内のニューロンの発火が増え、新たな神経回路の連結 (シナプス結合)も多くなることが分かっています。さらに、「快感や幸福感」のホルモンであるドーパミンや「親密さや愛情」のホルモンであるオキシトシンの分泌も促されていきます。
このような「新しい体験」を繰り返しすることが、ポジティブさに対する脳の感受性を高めて取り入れやすくし、また有益な「記憶」を増やして「心地よさ」を感じやすい方向へと脳の傾向を変えていきます。すなわち、自分への思いやりを育むような心がけによって、私たちは自分自身の脳の傾向を変えていくことができ、心の傾向も変わっていくのです。
マインドフルネスによって、自らの『快』に気づくこと。それが、ポジティブな方向へと自分自身を変えていくための「はじめの一歩」です。 そしてさらに、ハコミセラピーでは、本来その人が望んでいたポジティブな体験を新たに提供し、その場で起きてくる安心感や喜びなどの「心地よい体験」をじっくり味うこと(=ナリッシュメント)を大切にしていきます。 そうした、ハコミでの「マインドフルネスの発展的な実践」は、脳科学的にも非常に理にかなったものです。
また、マインドフルに自分の内面へと意識を向ける習慣を身につけるだけで、自ずと「副交感神経」が活性化され、自律神経系のバランスが整いやすくなります。さらに、活性化された「扁桃体」による外界への警戒心を弱め、リラックス感を深めることにも繋がり、「海馬」や「前頭前野皮質」の灰白質(神経細胞が密集する部分)が増加し、免疫力、高揚感や共感などが強化されることも分かっています。
どんな記憶でも、それが呼び起こされている時には、思い出しているその時の気分や感情が、「扁桃体」と「海馬」の働きによって改めて元々の神経回路のパターンに関連づけられます。そして、その記憶は、新たに関連づけられた感情と一緒に再び貯蔵されるのです。 そのようにして、記憶は再構築され、次に思い出す時には、その新しい感情も一緒に引き出されることになります。ですから、何か出来事を思い出した時、改めて『快』の感情や見方を意図的にすくい上げるたびに、脳には新たなシナプス結合による新しい神経回路が作られ、その繰り返しが脳の傾向自体をポジティブに変えていくことになります。
また、記憶は思い出された直後に一番変化しやすいことも分かってきました。ですから、イヤな記憶が甦ってきた時には、思い出した1時間以内に2~3度はその出来事のポジティブな側面を意識し、快の感覚に焦点をあてて味わうことが重要だと言われています。 実際、子供時代のネガティブな体験や記憶が、今の苦しみの根本原因であることも多いわけですが、新たな『快』の体験を補い、味わうことで、脳内においてその記憶も再構築されていくことになります。過去に起きた出来事自体は変わらなくとも、その体験の受けとめ方や記憶が変化することによって、心身の癒しが起こり、苦しみから解放されていくわけです。
これらの点は、まさにハコミセラピーで大事にしている点と共通したものです。
ハコミの神髄は、クライアントがマインドフルネスの意識で丁寧に自分自身の体験に気づいていくこと、そして(思考、感情、身体感覚や動作、視覚イメージ、記憶など、さまざまな形で起きてくる)その体験のプロセスにセラピストが丁寧に寄り添っていくことにあります。 その中で、自発的に甦ってきた過去の記憶もしばしば扱うことになりますが、そうした「インナー チャイルド ワーク」の場面でも、本来その人が求めていたポジティブな体験に気づき、その場で新たに提供し、自ずと起きてくる『快』の感覚を十分に時間をかけて心ゆくまで味ってもらうことを重視します。
このような「ナリッシュメント(糧、滋養)で『満たされていない体験』を満たす」というハコミセラピーの考え方は、脳科学によって指し示された、「脳や心の傾向をポジティブな方向へと変えていくためのカギ」を統合的に実践するのに最適な方法と言えるのです。